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昨日いつものように病院に通院してきた。
早めについたので桜の名所として知られる大江川沿いを散歩してきた。 もうすっかり葉桜だ。 ![]() (春には見事な桜が咲く大江川沿い) この葉桜を見ながらふと「今年で何年間この葉桜を見続けてきたのだろう」と思った。 診察中に先生に聞いてみたら五年と二ヶ月らしい。 摂食障害と鬱病と診断されて初めて通った病院の期間も含めるともうすぐ八年になる。 八年かぁ、、、と思うと自分が情けなくなった。 小学校に入学した子供が中学生になる年月だ。 勤めていたバイト先も辞め、制作もあまりしなくなり親にずっと迷惑をかけ続けてきた。 私には何にもない。 そんな気持ちを先生に話してみた。 制作に対しての気持ちが薄れているなら仕事を探すべきだし、半年後に引越しも考えているなら尚更、 現実と向き合うべきだと。 もう充分向き合ってきたつもりなのにまだまだなのかとうちのめされたような思いになる。 私にはアニエスと仕事をしたいという強い思いがある。 そのためにはどうしたらよいか考えた末に個展をすることを決意したのが実はあまり前向きになれていない。彼女と仕事をしたい、何かを一緒に成し遂げたいという気持ちには揺るぎがない。 パリでも散々考えた。 なのに全く前向きになれない。絵を描くという行為が今の私にあってないのだろうか。 こんな時「もうやめちゃおうかなぁ、私の代わりなんていくらでもいるし」と思う。 次の個展をもって最後にしようかな、なんてこともしばしば頭をよぎる。 この国では絵(文化)を続けてゆくにはまだまだ難しい現状がある。 毎日働いたいても日々の暮らしには陰りがある実情。 女性にとってはとても辛い。 「女性は30代前後でやめてしまう」なんて言葉もよく耳にしてきた。 どうかそんな事を言わないで欲しいと思う。 続けたくてもできなった人達もいるし、自分が活き活きと日々を過ごし、嘘のない生き方を見つけた人達もいるのだから。 ![]() (白い花弁が印象的な植物)
4月4日から18日までフランスに旅に出てきた。
言葉が通じなかったり、ナヴィゴの機械が壊れていて隣の駅まで歩かされたりなど散々だったけどその全てが一生の思い出になると思う。 エッフェル塔、ルーブル美術館、オランジェリー美術館など沢山の絵画や彫刻と出会った。 アニエスの所蔵するギャラリーにも三度訪れた(全く相手にされなっかたけれども、、、) 他にも散歩をしたり、モネの行ったり、念願のL'Arc〜en〜Cielのパリ公演に行ったりと思い出はつきない。 その中でも一番言葉にしようのない場所がモンサンミッシェルだった。開いた口が塞がらないとはこのことでどこを見ても同じ景色がない。朝、昼、夜と刻一刻と変わるその様子はずっと一枚の絵画の中にいるような気持ちだった。 ![]() 夕暮れ時にひっそりと抱き合う恋人達 ![]() ここまで来てよかったと実感した瞬間 普段は超不規則な生活を送っている私がパリでは規則正しい生活を送り、三食食べるという偉業?を成し遂げられたのはこういった旅の目的があったからだと思う。 朝日を見るために早起きするなんて小学校6年生以来やっていない。19年ぶりの朝日だ。 ずっとみていたし、その日は朝日の光を存分に浴びた。 すごく贅沢だと思う。こんな事をさせてくれた母の顔が心に浮かんだ。 言葉にはできないけれど感謝したいと思う。 日本に戻ったらまたいつもの私に戻るのだろうけどずっと忘れないと思う。 今まで迎えた朝で一番の朝だった。
私が働くこと、将来について考え始めたのは去年だったのかもしれない。もちろん今まで、進学、アルバイト、制作を機会に考える機会がなかった訳ではない。しかし将来を考えて動いたのは去年だったと思う。
具体的に何をしたかというと、「障害者福祉手帳」を申請したこと。これは国が正式に障害の種類と度合いを認定する。 障害の度合いによるが、三級の場合、NHKの受信料免除、携帯料金の減免、タクシー料金の割引、美術館での割引など僅かではあるがメリットがある。 しかし私はこれらのメリットを目的に手帳を申請したのではない。将来、奇跡的に正社員として働ける時がきたらその時に公に通用する証明として提示しようとして申請したのだ。最初は「欠陥人間」とレッテルを貼られてるような気がして下を向きたくなった。だが今ではもう一つのパスポートという気持ちで持ち歩いている。 そんな私が前を向こうとしたのには訳がある。正社員はいきなりは無理なのでせめてパートでいい、働きたいと思ったからだ。働きたい理由はライブに行きたいから。自分の生活も自分でまかなえていないのに馬鹿だと思われるかもしれないが働く理由なんて何だっていいと思う。働く事によって自分も社会も変わる、それに良い悪いなんて誰が決められるのだろうか。 そんな気持ちを抱えてハローワークに行ったのだが愕然としてしまった。まず長い間働いてないのだからリハビリ的な習慣をつける必要があると職員は話す。なるほどと思って聞いていると作業所を紹介してくれた。身体に障害のある人や知能に障害がある人達が働く事は知っていたが精神疾患者も含まれるとは知らなかった。もう、何でもいいから早く紹介して欲しいという気持ちで聞いていると驚く事を聞かされた。 あらゆる障害がある人達の中で、一番仕事が見つからないのは精神疾患者なのだと言う。訳は身体や脳に疾患がある人に対してはできない事が見えるし、想像しやすい。しかし精神となると見えないから、何か問題が起こった場合に対処に困るのだと言う。唖然としてしまった。見えないから相手にしない?それってわからないものは排除、そんなに私達は厄介で危険な存在なんだろうかと感じた。 またこういった作業所に通う人達には通勤費が一切支払われない。これは間違いなくおかしい。会社には障害者を雇わなわければいけない義務がある。これを「障害者雇用納付制度」といい、国が会社に助成金を支払い、これによって750円という最低賃金が保証されるのという仕組みになっている。交通費が出ない理由は国が会社に支払う助成金が少ないからであろう。また精神疾患者を雇うための会社へのガイドラインもわかりにくく、会社としてもこれでは二の足を踏まざるをえない。その結果、精神疾患者は目に見えないという事を理由に社会から排除されてゆく。こんなのおかしい。 自分がこの制度に対してまだまだ無知な事は十分わかっている。だが私病気を公にする(オープンにする)という姿勢で仕事を見つけたい立場なので、これに対してはおかしいと言いたい。言わないと埋れてしまう。 病気を隠したい人(close)の気持ちもわかるが言わない限りずっと安い時給のままで、何だかわからない人達扱いされてしまう。 ちなみに今日、とある資料でまさにこれという言葉に出会ったので最後に書きたい。「ノーマライゼーション」、障害のある人もない人も共に生きようという意味の言葉だ。この言葉が広まれば、オープン、クローズという考えに縛られすぎる事はなくなるのではないだろうか。
世の中には抱きしめて欲しいと願う人がいる。抱きしめられたいと強く願うあまりそれが素直に言えない人がたくさんいる。私にとっては父と母だった。父は他界してしまったのでもう無理なのだけど、一度だけ抱きしめてくれた事がある。決してハッピーな感情じゃなかったのだが、父の「申し訳ない」という気持ちが伝わってきた事を最近よく思い出す。
摂食障害の人は他人と触れ合うのを避ける傾向にある。自分が醜い、汚いという気持ちから触れ合うのが怖いのだ。だけど本当は人一倍、大切にされたい甘えたいという欲求が強いように思う。それらの感情は幼少期や児童期に、素直に「抱っこして」といえなかった我慢の塊だ。その塊が尾を引いて、気持ちのコントロールがつかなくなる。その状態の一つが摂食障害のように思う。 抱きしめ合うという行為は親子であれ親友であれ恋人同士であれ凄く大切な事だと思う。人間と動物にも言えるはずだ。 言葉に時として限界がある。誤解する事もあるし上手く言えない時もある。それに比べると抱きしめるという行為は「あなたが大切だ」という気持ちをよりダイレクトに伝えられる。 震災があって公共広告機構が流すCMに子供を抱っこしてあげてというCMがあった。子供の不安な気持ちを和らげるためだけではなくて、親も不安、一緒なんだよ、だから一人じゃないという事を呼びかけるためではなかっただろうか。 このCMのメッセージは私にも当てはまるのだ。完璧な親でなくていい。ただ一緒に辛い事や楽しい事を分かち合おうよと言って欲しい。それだけなのだ。 抱きしめるという行為は日本人には照れ臭いのかもしれないが、今を悩める人にとってはどんな薬よりも効く薬だと思う。
「麗しき国に健やかに育んで、何もかもあって当たり前の日々を生きて」という歌詞がある。高橋優の「素晴らしき日常」という曲だ。始めて聞いたのはラジオだった。こんな事を曲にしていいのかと流れてきた時、戸惑いと衝撃を隠せなかった。
まさしく私の事だった。何もかもあって当たり前の日々を生き、今日ももうすぐ一日が終わる。 でも私には一つだけないものがある。母親だ。生きてはいるけどいない。一緒にいたいけれどいられない。 妹が不安障害という病気にかかっているからだ。どんな病気かわからないけれど一人ぼっちが怖い病気には間違いない。 一見、何もかもあって当たり前のように見えて、実はそうでない日々を生きている人達はどのくらいいるんだろう。時々、こんな事を考える。考えたって仕方ないけど、私だけではないのだと思いたいのだ。 私は摂食障害だ。治る道はまだ発見できていない。他にも買い物、ライブと依存壁がある。自分の要求が通らないと母親に八つ当たりしたり、お金が欲しいと何度もメールをする。 健やかに育まれる日常とは常に誰かが犠牲になる。犠牲という言い方はおかしいかもしれないが、健やかな日常とは常に誰かの思いやりの上に成り立つ。 私はその思いやりをまだ理解できないでいる。内心は、「一人は嫌、怖い、負け組なんかになりたくない」そんな気持ちでいっぱいだ。その度に、多額のお金が湯水の如く流れてゆく。ごめんなさいも言えない。「出てくるのは足りない、もっと。」麗しく見せるために必死な日々。これのどこが美しいのだろう。私はきっと母親が死んだ時、大きな荷物を背負い込むことになると思う。わかっていてもやめられない。母親は私に忠告するけど聞けない。私も一人が怖い。だからお金で解決しようとする。そんな生活も先が見えてきた。 母親がいなくなったらどうしたらいいんだろう。まだ甘えたい。私だけのお母さんでいて欲しい。パン屋さん、スーパー、魚屋さん、郵便局、盆梅展、駅、市役所、病院、喫茶店いろんな所に一緒に行きたい。特別な場所でなくていい。 365日の一日でいいから妹から別けて欲しい。そしたら私の過食や浪費は治るだろうか…まとまらないけど「素晴らしき日常」をずっとずっと思い続けでいる。いつか来ますようにと必死で願っている。
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